アンバサダーが導く“アンリオトリロジー”   トップへ戻る

メゾン&ドメーヌ アンリオは「シャンパーニュ アンリオ」、シャブリの「ウイリアム フェーブル」、ボーヌの「ブシャール ペール エ フィス」を所有しています。この3つの造り手に共通するのが、「果実の良さを表現したワイン造り」です。アンリオアンバサダーが約1年かけてメゾン&ドメーヌ アンリオの魅力をお伝えしてきます。まずは、メゾン&ドメーヌ アンリオの歴史と特徴をご紹介します。

アンリオ家の歴史

歴史は、1794年にニコラ・シモン・アンリオ氏とアポリーヌ・ゴディノ女史が結婚し、モンターニュ・ド・ランスに畑を取得したことに始まります。
1808年アポリーヌ・アンリオ夫人がシャンパーニュメゾンを設立。1880年にはポール・アンリオ氏がマリー・マルゲ女史と結婚し、コート・デ・ブランなどにある最良の畑を所有します。現在シャンパーニュ アンリオは「シャルドネの表現に長けている」と言われる事が多いのも、このシャルドネの名畑を取得したことに起因します。
また、シャンパーニュ アンリオのロゴマークに「H」と「M」が書かれていますが、これはアンリオの「H」とマルゲの「M」、この両家の結婚を表しています。

アンリオでは、「質の高いブドウを使用する」「瓶熟期間を長く取る」「リザーブワインを豊富に使う」ことにより、複雑味と奥行きのあるシャンパーニュを造り出しています。また、彼らは、シャルドネとピノ ノワールにこだわり、果実の良さを重んじた造りを行っています。

 *ランスにある瓶熟庫 *醸造責任者ローラン・フレネ氏

シャンパーニュ アンリオの現在の当主ジョゼフ・アンリオ氏は、1995年にブシャール ペール エ フィスを、1998年にウィリアム フェーブルを取得します。

ブシャール ペール エ フィスの復活

ブシャール ペール エ フィスは1731年に創業されました。1889年に、ルイ14世が自分の出生に深く関わりこの畑のブドウから造られたワインを愛飲していたという「ランファン ジェズュ」畑を単独所有し、現在もこの造り手の代表的な畑となっています。

1970年から80年代にブシャール家の経営難により、一時衰退しましたが、1995年にジョゼフ氏が取得し、畑から醸造所に至るまで改革を行いました。彼が一番にこだわったことは「一つひとつの畑の個性が忠実に反映されているワインを造ること」で、畑においては収量を減らし手摘みで丁寧に選別しながら収穫を行い、さらに選果台で選果。選び抜かれたブドウは重力に沿ってブドウにストレスを与えずに醸造できるグラヴィティシステムを採用した醸造所で醸造を行っています。小型のステンレスタンクを設置し、収穫したブドウを区画毎にまた成熟度に合わせて仕込みを行っています。また、美しい果実味を生かすため、専用の樽工場にてブシャールのワインに合わせて造られた完全オーダーメイドの樽で熟成させています。

 *ジョゼフ・アンリオ氏とスタッフ *ランファン ジェズュのブドウ *瓶熟庫

シャブリのワイン造りを変えたウィリアム フェーブル

ウィリアム フェーブルは1850年に創業されました。1998年、継ぎ手のいなかったウィリアム・フェーブル氏が売却を決定すると、素晴らしい畑を持つこのドメーヌを買い取りたいと希望者が殺到しましたが、その中でブシャールを復活させたジョゼフ氏の功績が高く評価され、取得することとなりました。

ブシャールで働いていた若き醸造家ディディエ・セギエ氏が醸造責任者となりました。彼は機械収穫が当たり前のシャブリにおいて、手摘み収穫を行い、選果台で選果も行っています(シャブリでは現在でも選果台を使っている造り手は数少なく、そのうち1軒はフェーブルで研修を受けた造り手です)。

2006年からトロフォビオーズという植物などの力を借りて、土壌を活性化させていくという農法を取り入れ、2012年中にはすべての畑でビオロジックもしくはビオディナミに転換。それだけではなく、例えば霜の対策のために設置しているストーブも石油ではなく電熱線にすることにより、ススを出さずに環境や働く人に優しいブドウ栽培を心がけています。

 *手摘み収穫の様子 *選果の様子 *レ クロのブドウ

これからこの「アンリオアンバサダー」Webサイトで、この3つの造り手のワイン造りの様子やワインの魅力などを存分にお伝えしていきます!

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