ブシャールは2005年、サヴィニー レ ボーヌにサン ヴァンサン醸造所を新設しました。新しい醸造所は地下10mまで掘り、地下2階、地上1階の3階建てになっています。新醸造所の大きな特徴はブドウにストレスをかけないよう、重力に沿ってブドウが運ばれるグラヴィティシステムの採用です。
1階で手摘みされたブドウが運び込まれ、選果台で丁寧にブドウの仕分けが行われます。ウィリアム フェーブルと同様に、収穫時にブドウが潰れないよう小型ケースを使用して運んでいるのですが、なんと1日8千個ものケースが使われることがあるそうです。これをブドウが温まってしまわないように、大型トラックではなく小型のバンで醸造所に輸送しています。
ブシャールでは畑を200以上の区画に分けていて、醸造はこの区画毎に行っています。赤用の発酵槽は約140個。樹齢の高い樹は木製の発酵槽、若木はステンレスの発酵槽を使用しています。発酵槽が区画毎にあるため、マセラシオンをゆっくりと時間をかけて行うことができるようになりました。白はブドウをプレスした後、区画毎に温度管理ができるステンレスタンクでアルコール発酵を行います。
樽熟庫は地下10mの深さにあります。自然の状態で年間湿度84〜87%、温度13〜14℃程度に保たれています。前のカーヴよりも地下深く温度が低くなったことや、スペースが広くなり樽を多く置いておけるようになったため、以前よりも4〜5ヶ月ゆっくりと熟成させています。また、ウィヤージュ(樽の目減り分の補填)も3分の1に減り、新醸造所になりワインの安定性が上がったそうです。
この新しい醸造所はブドウやワインだけではなく、そこで働く人や環境にも優しい造りになっています。例えば、醸造所内の設備の配置。作業効率が考えられているのはもちろん、収穫期に季節労働の人が増えるため、そのような人たちが入れるエリアを制限することによって機械による事故が起きないような工夫がされています。照明も選果を行う1階と吹き抜けになっている地下1階は大きな天窓からの自然光が入り、電力を節約すると共に働く人のストレスも軽減しています。また、床材にも工夫があり、洗剤を使わず汚れが落とせて、かつ人が転びにくい素材を選んでいます。人や環境に配慮する考えは、アンリオグループ全体に共通しているようです。
テロワールを表現したワインを造るために、熟成樽は重要な要素の一つです。ブシャールでは5つの樽会社の樽を使用しています。なぜなら村毎に樽会社も特徴を持っているため、ワインに合った樽を使い分けるからだそうです。その内の一つ、ムルソーにあるDAMYという樽会社を見学させてもらいました。ここでは木の産地(アリエール、トロンセなど)、焼き加減など顧客からの細かいオーダーを受けて、かなりの部分を手作業で行っています。
まず木を24ヶ月以上外に干し、日や雨にさらします。日にさらすのは、50%程度ある水分を16%程度までに下げるためで、雨にさらすのは生木に多く含まれるタンニンを雨で洗い流すためです。乾燥させた木を成型するために温め、成型後顧客のニーズに合わせて焼いていきます。その後、蓋をし(蓋を接着させるために水と小麦粉を練ったものを使うそうです)、ワインを入れる穴を開け、水を入れてモレがないかをチェックする……などの工程を経て完成します。ほとんどが手作業で行われているため、1日の生産量は80個程度。職人の世界でした。
すべての見学が終わった後、シャトー ド ボーヌでクリストフ・ブシャール氏のお話をお伺いする機会がありました。クリストフ氏は創業家の子孫で、現在もブシャールでアドバイザーとしてワイン造りに参加しています。西山氏は彼のことを「ブシャールの知恵袋」であると教えてくれました。例えば天候の悪かった1928年、ブシャールでは瓶の中で熟成するポテンシャルを残したいと、樽熟期間を通常より短くして瓶詰めを行いました。その結果、良くないヴィンテージであったにも関わらず、非常に長命なワインを造ることができたそうです。1928年はまだ彼も生まれていない年です。しかしブシャール家の中でこのような知恵が脈々と受け継がれています。また、このシャトー ド ボーヌの地下セラーには多くのワインが保存されています。そのワインをテイスティングし、受け継がれている知恵と合わせて考えることにより、様々な情報を得ることができます。
ブシャールはこのように受け継がれてきたものと、新しい技術を組み合わせることにより、ブルゴーニュのテロワールを表現したワイン造りを行っています。