Henri Boillot
概要
創業は1885年だが、
ボワイヨ家は1630年から記録に残る
ヴォルネーで最も古い家系の一つ。
赤白共に素晴らしいワインを生み出している。
2022年にムルソーを訪れた。
独自の美学に基づいて、限界まで研ぎ澄ませたワインを追求しているアンリ ボワイヨから話を聞くためだ。
赤も白も成功している稀なドメーヌであるが、彼は評価誌やガイドブックにサンプル提出をほとんど行わない。よって、ドメーヌとしての評価がつくことがない。
それでもワインラバーや他生産者からも一目置く存在として知られ、人々を魅了するワイン造りを続ける。誰にも媚びることの無い孤高の芸術家のようなヴィニュロンである。
ボワイヨ家は1630年からの記録に残るヴォルネーで最も古い家系の一つで、ドメーヌの創業は1855年である。現在の当主アンリ ボワイヨは5代目となり、1975年からドメーヌでの仕事を開始した。2005年には兄弟から畑を購入しドメーヌ名をジャン ボワイヨからアンリ ボワイヨに変更した。
アンリの息子、ギヨームは2008年からドメーヌの仕事に参画した。
ギヨームは2012年からは赤の醸造、そして2021年からは全ての醸造を引継ぎ、現在はワイン造りを全面的に担っている。
なお、かのエティエンヌ ソゼはアンリの母方の祖父にあたる。
白で統一された洗練されて美しい建築様式の大きな建物が、ムルソーの真っ青な空と非常にマッチしている。
アンリが彼の愛犬のヴァニエールと出迎えてくれた。
畑と造り
「白にとって最も重要なのは 収穫日です。
最適な日を選ばねばなりません。
精緻さに差が出てしまいます。」
「赤はヴィニフィカシオン アンテグラルを
するようになり、よりチャーミングでエレガントに。
そしてタンニンはシルキーなものになりました。」
畑
アンリに案内され、ピュリニー・モンラッシェ クロ ド ラ ムーシェールの畑へ。
ボワイヨは、ピュリニー・モンラッシェとヴォルネーを中心に約17haの畑を所有している。赤と白でおおよそ半々の割合だ。
ピュリニーの1級畑ぺリエールに囲まれた区画、クロ ド ラ ムーシェールはボワイヨのモノポールで父ジャン ボワイヨが1935年に入手して以降、ボワイヨのフラッグシップとなっている。
赤は1890年より所有しているヴォルネーの銘醸畑カイユレを筆頭に、ヴォルネー、ポマールを中心に畑を所有するがコート ド ニュイにクロ ヴージョも所有している。
それに加え、1996年にメゾン アンリ ボワイヨを設立してネゴシアン ワインも手掛ける(ネゴシアン ワインはDomaineと記載のないHenri Boillotとエチケットに記載)。プルミエクリュやグランクリュはテロワールを表現するために、各畑1生産者だけから、ブドウもしくは果汁の状態で購入している。
年に10回程度畑を耕すなどし、除草剤は使用していない。また2019年からはオーガニック転換に着手している。春には摘芽し、夏にはグリーン ハーヴェストを実施。非常に厳しい選果をすることで知られているドメーヌで、手摘み収穫する際に選果し、トラックに積む前に再度選果を行うという。そのため収量は低く、平均収量は白が45hl/ha、赤が35hl/haだが、年によっては赤の収量が15hl/haまで落ちることもある。
ボワイヨのスタイルの決め手と言えるのが収穫のタイミングだ。白は例年他の生産者よりも一週間程早いといわれる。ブルゴーニュの早摘みトップ3に入ると言われることもある。
これ以上に早いと未熟な香りが残ってしまうという際どいタイミングを見極めて収穫している。また、アンリは自然との対峙を楽しみながらその危うさを楽しんでいる一面がある。それゆえ、ワインには美しい緊張感が感じられる。
続いて案内されたのは2019年に新たに取得したムルソー1級のモノポール、クロ リシュモンであった。丘の下から畝を通って気持ち良い風が抜け、愛犬ヴァニエールは喜ぶように畑のその畝を走る。取材のカメラの前に立ち、撮ってくれと言わんばかりに毎回ポーズを決めるチャーミングなアンリの一面も見ることができた。
畑名 |
面積(ha) |
取得年 |
白 |
合計 9.05 |
|
ピュリニー・モンラッシェ |
1.06 |
|
レ ウーイエール |
1998 |
レ シャルム |
1974 |
レ ザンセニエール |
1957 |
ピュリニー・モンラッシェ 1級 クロ ド ラ ムーシェール |
3.99 |
1935 |
ピュリニー・モンラッシェ 1級 レ ペリエール |
1.13 |
1990 |
2010 |
ピュリニー・モンラッシェ 1級 レ ピュセル |
0.57 |
1957 |
2010 |
ピュリニー・モンラッシェ 1級 レ コンベット |
0.45 |
2010 |
サヴィニー・レ・ボーヌ 1級 レ ヴェルジュレス |
0.62 |
1976 |
ムルソー 1級 レ ジュヌヴリエール |
0.16 |
1980 |
ムルソー 1級 レ グット ドール |
0.12 |
2019 |
ムルソー 1級 クロ リシュモン |
0.63 |
2019 |
バタール モンラッシェ 特級 |
0.32 |
2010 |
畑名 |
面積(ha) |
取得年 |
赤 |
合計 8.06 |
|
ヴォルネー 1級 レ フレミエ |
2.50 |
|
フレミエ |
1946 |
フレミエ アマンディエ |
1977 |
フレミエ |
1996 |
ヴォルネー 1級 クロ ド ラ ルジョット |
0.39 |
1955 |
ヴォルネー 1級 レ シュヴレ |
2.06 |
1945 |
ヴォルネー 1級 レ カイユレ |
0.60 |
1890 |
サヴィニー レ ボーヌ 1級 レ ラヴィエール |
0.73 |
1977 |
ボーヌ 1級 クロ デュ ロワ |
0.70 |
1976 |
ポマール 1級 クロ ブラン |
0.30 |
2008 |
ポマール 1級 リュジアン |
0.44 |
2008 |
クロ ヴージョ 特級 |
0.34 |
2008 |
造り
ドメーヌへ戻り、建物の中を案内される。この神殿のような独創的な造りはアンリ自らが設計したと言う。彼のワイン造りに通じるようなこだわりや美学がところどころに見て取れる。
白は2017年ヴィンテージより、今まで使用していた空圧式圧搾機からシャンパーニュ式の縦型の圧搾機に変更した。よりピュアで澄んだ果汁が絞れるようになったという。アルコール発酵は樽で約20日間かけて行っている。
熟成は通常よりも大きい350~600リットルの樽を使用し、ワインと樽との接点を少なくして緩やかな熟成を促す。澱引きと清澄後、軽いフィルターをかけ瓶詰めを行う。白、赤共に野生酵母のみを使用している。
赤は100%除梗され、ステンレス製53hlの開放槽にて約12日間低温マセラシオンを行う。温度管理しながら約15日間アルコール発酵を行う。
発酵後に5日間マセラシオンを行う。熟成は228リットルの樽(新樽比率40~70%程度)で15~18ヶ月間行う。
ヴィニフィカシオン アンテグラル
2016年より赤の一部のキュヴェで始めたのがヴィニフィカシオン アンテグラルという手法だ。2018ヴィンテージからはブルゴーニュ(レジョナル)とヴォルネー村名を除く赤のすべてのプルミエクリュとグランクリュで実施した。ヴィニフィカシオン アンテグラルはいわば白ワインの醸造方法を赤ワインに応用すること。すなわち、発酵から熟成まで全てを樽で行う。
①まず除梗したブドウを樽に入れ白ワインのように樽の中で発酵を行う。発酵は通常(2~3週間)よりも長く約1ヶ月を要する。
②抽出はピジャージュやルモンタージュではなく樽を回転させ行う(1日に2-3回)。
③発酵が終わるとワインを一度樽から出し圧搾し、また同じ樽に戻し熟成させる。上記の通り、発酵後には全ての粕を取り出す必要がある。そのため蓋のところに十分に大きい扉が付いた特別な樽を開発している。
非常に手間も時間もかかるが、新樽の中で発酵が起きることには多くのメリットがある。ワインと樽の要素が自然となじむため、出来上がったワインには新樽の派手なニュアンスは感じられず、まるみがあり艶やかな出来になるという。また、ギヨームはこの手法がもたらすフレッシュさの利点を挙げる。暑い年の場合、ヴィニフィカシオン アンテグラルでワインを醸造することでフレッシュかつ各テロワールの個性を反映したワイン造りが可能になると言う。
ワイン
シャープで引き締まった白と
美しく艶やかな赤。
求めるのは限界まで研ぎ澄まされた
媚びないワイン。
左からヴォルネー レ カイユレ、ピュリニー・モンラッシェ クロ ド ラ ムーシェール、ムルソー プルミエクリュ クロ リシュモン
ボワイヨの白ワインは早めの収穫タイミングもあり、透明感や目の覚めるようなシャープさと緊張感を感じさせる凛としたスタイルが特徴的だ。
赤は息子のギヨームが手掛けるようになった2012年以降、スタイルが変化した。
酸、ミネラル感、フレッシュ感を保ちながら、艶やかでイキイキとした果実の香りがはっきりとし、タンニンもよりシルキーなものに進化した。これも先述のヴィニフィカシオン アンテグラルが大きな要因となっている。
ヴォルネー レ カイユレ
約0.6haを所有し、平均樹齢は50年超え。ボワイヨは健全なブドウの粒だけを厳選。カシスやブルーベリーなどの芳醇なアロマにスパイスやモカなどのニュアンスが加わった甘美で複雑な香りと、キメ細かく滑らかなタンニン、深みのある味わいを表現している。熟成により華やかな風味を発揮していく艶やかなワイン。
ピュリニー・モンラッシェ クロ ド ラ ムーシェール
1級畑レ ペリエールの一角にある小区画で、3.99haの全てをアンリ ボワイヨが単独所有しているモノポール。
樹齢80年超えの古樹のブドウから生まれるワインは、この上なくピュアでエレガントな果実味とスパイスなどの複雑味、ほのかな心地良い樽香が混じり合い、凝縮感と深み、シャープな切れ味を持つ見事な逸品。
ちなみに、ムーシェールはブルゴーニュの古語でハチを意味する。
ムルソー プルミエクリュ クロ リシュモン
ボワイヨが新たに取得したモノポール畑で、2019年が初ヴィンテージ。ムルソーの北側に位置する1級レ クラの中にある0.63haの小区画。
白桃やレモンの果実、アカシアの花や菩提樹のアロマに白胡椒のニュアンス。
豊かなミネラルを思わせる風味があり、力強くパワフル。緻密でなめらか、フィネスを感じさせるワイン。
フィロソフィー
「私は永遠に満足するということはありません。
グラン ヴァンの名にふさわしいワインを造るには
細部を積み重ねることが必要なのです。」
白も赤もそれぞれに印象的なスタイルがあるボワイヨ。その芸術とも取れる独自のワイン造りについて、アンリに話を聞いた。
エクスペリエンス
父アンリが限界まで研ぎ澄ませたワインを
求めるのは、すべて飲む人に喜びをもたらすため。
その矜持は息子ギヨームに
しっかりと受け継がれている。
永遠に満足することのない性格だというアンリがワイン造りへ向き合う姿勢はストイックで完璧主義のそれだ。寸分の狂いも許されない。
教会の内部をイメージしてデザインされたというドメーヌはクリーンであるだけでなく、崇高さが漂っていた。今回そのドメーヌで撮影されたインタビュー内でアンリが放つ言葉はシンプルでいて切れ味がするどい。ドメーヌの佇まいも、アンリの言葉もこのドメーヌが生み出すワインのスタイルとどこか共通するものがある。
気難しい芸術家のようにも思われるのだが、彼がここまで神経を研ぎ澄ませてワイン造りを行うのは名声を勝ち得るためではない。ましてや、自身のワインが高値で取引されるのを眺めるためでもない。全ては飲む人にひと時の喜びをもたらすためである。飲み手のために妥協を排除して細部へこだわるのだ。
さて、赤に加え白も、全てのワイン造りはアンリから息子ギヨームの手に託された。このドメーヌ/ワイン自体を体現するかのような父から仕事を引き継ぐのは大変なプレッシャーがあることだろう。ただ、未来は明るそうだ。静謐なカーヴで語られたアンリの言葉からはギヨームが造るワインに対する信頼が確かに感じられた。
残念ながら当日ギヨームに会うことはできなかったが、その後で丁寧なメールを送ってくれた。父と祖父への尊敬の念が素直に表現されていた。また、アンリの言葉に呼応するように「毎年、前年を超えられるようにしたい」ということが書かれていた。最良のヴィンテージが何かと問われれば、彼もまた「それは次に手掛けるヴィンテージだ」と答えるのだろう。永遠に満足することのない親子によって受け継がれるドメーヌだ。